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京都の宇治茶「森半」~伝統と未来~

京都の宇治茶は「森半」

天保7年(1836年)京都宇治にて森半製茶所を創業して以来、共栄製茶は、日本茶の伝統とともに歩み続けてこられました。

日本の伝統ともいうべき文化を守るため、茶師により厳選された良質の茶葉、積極的な新技術の導入など、つねに高い品質の日本茶づくりに専念されております。

私が思うに、お茶はご自身で楽しまれるもよし。贈り物としてお相手の方が「おいしい!」と言っていただけるような幸せな時間やサプライズを提供できる社交ツールであると思います。

共栄製茶株式会社オフィシャルサイト

※オフィシャルサイトでは様々なお茶や、お茶にまつわる商品がございます。
今回私たちが楽天市場で購入したのは、ほっぺの落ちそうなくらいおいしい茶団子です!!

 

京都宇治のお茶について。


宇治茶
といえば、日本を代表するお茶のブランドであり、静岡茶や狭山茶と並んで日本三大茶の1つとして知られています。宇治茶の歴史や、これほどまでに世界で宇治茶が親しまれる理由などについて、ご紹介したいと思います。

京都府のお茶の生産量

少し前のデータですが、農林水産省の「平成28年産茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量」によると京都府の荒茶の生産量は3,190トンで全国5位となっています。ちなみにお茶の名産地として知られる静岡県の生産量は30,700トンと全国1位、続いて鹿児島県の24,600トン、三重県の6,370トンとなっています。

しかし、数ある日本茶の中でも、高級品とされる玉露や抹茶といった覆い茶の生産量は1,780トンと全国1位で、京都府内で生産されるお茶の半分を占めています。そのため、高級品としてのイメージもあり、日本だけでなく世界でもそのブランドが高く評価されています。

 

宇治茶が親しまれる3つの理由

①京都宇治が日本緑茶発祥の地

鎌倉時代初期、建仁寺の栄西禅師が中国から持ち帰ったお茶の種子は、京都栂尾で栽培され、その後、明恵上人が宇治に栽培法とともに茶を伝えました。

さらに、日本独自のお茶の製法を完成させたのが、江戸時代、宇治田原に住んでいた永谷宗円(ながたにそうえん)という人物でした。

彼が考案した「青製煎茶製法(宇治製法)」によって、お茶の品質が向上したため、京都の宇治田原は日本緑茶発祥の地として歴史に名を残すことになりました。

➁京都の文化に根付いた慣習

上流階級による茶のもてなしの文化が発達し、また鎌倉時代には禅宗寺院に喫茶が広がり、
お茶は社交の道具としても広がるようになりました。

京都中心部に近い宇治のお茶は天皇家や足利将軍家のサポートもあり、
また戦国時代には茶の湯としてお茶の文化が流行し、宇治茶はこのような歴史的背景からとても重宝されるようになりました。

➂茶樹栽培に適した気候

お茶の栽培に適した気候は年間雨量が1,300mm以上あり、かつ年間平均気温が14~16度、これは宇治茶の産地である京都や宇治田原周辺の条件にぴったりと適合します。

また、良質の茶の生産は昼夜の寒暖差が大きいほど香りがよくなるといわれていますので、宇治田原周辺では昔から高品質の茶の産地として栄え、その名を広く知られきました。

宇治茶は単にブランド力が高いというだけではなく、歴史的な背景や茶葉の栽培に適した気候や
地形など、多くの条件を兼ね揃えたことにより、今に至っているのです。

京都宇治茶「森半」~伝統と革新~

一ファンとして森半さんのお茶や銘菓を楽しんでおりますが、
森半さんは明治時代より「信頼される品質」という信念をとことん追求してこられたそうです。

その伝統と共に、革新的な考え方で、いつの時代も人々のお茶との生活スタイルを創られています。

そのこだわりが、100年近く前には、現在の水出し緑茶の元祖である「氷茶」として。

50余年前には、現在も広く使われる技術である日本緑茶初の真空缶詰として。

約25年前には世界初の泡立つ抹茶オーレの製造発売として結実し、世界中の人々に愛され続けています。

※これからの季節温かい抹茶オーレは最高ですね。しかし、なんと!水でも作れます。

さらには、紅茶80年、コーヒーは60年近く、などの品目もより高い品質を求めた製造を続けておられます。

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